進路に悩んだ初期研修から、消化器外科医、そしてカナダ留学へ

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医師のキャリアは選択の連続です。さまざまな局面で将来に大きく影響を与えるキャリアの選択肢が現れます。今回お話を伺ったのは初期研修で整形外科をメインにローテートしながら最終的に消化器外科の道に進み、カナダ留学を予定している野田先生です。野田先生のキャリアの分かれ道や判断軸を掘り下げました。

プロフィール

長崎市出身。2016年に長崎大学医学部を卒業。初期研修は筑波大学附属病院で行った後、長崎大学 旧・腫瘍外科(現:胸部・骨盤外科)に入局。長崎県内の複数の病院で研鑽を積み、現在は長崎大学で臨床・研究を行う。趣味はテニス、スポーツ観戦、旅行。

目次

整形外科から消化器外科へ|選択の理由

——なぜ初期研修で整形外科を多く選択したのでしょうか?

もともとスポーツ医学に興味があり、医師を目指したきっかけの一つも「スポーツドクターになりたい」という思いでした。

学生の4年生頃から病院見学に行き始めました。長崎に住んでいたので、長崎の病院も考えましたが、まずはスポーツドクターとして国際大会に帯同したり、プロ選手や代表選手の診療に関わったりできる環境を見てみたいと思い、東京周辺の病院をいくつか調べて見学に行きました。

その中で、筑波大学はスポーツドクターとして働くうえで非常に恵まれた環境にあると感じました。また、初期研修のシステムも比較的自由度が高く、診療科や施設を幅広く選べる点にも魅力を感じ、筑波大学で研修することを決めました。

長崎で研修を行い、のちに筑波大学に行くという選択肢も考えました。ただ、最終的に行かなくなる可能性もありますし、自分が一番行きたいと思っていた筑波大学の整形外科に一度身を置いてみることが大事だと思いました。もし行かなかったら、後から「あの時行っておけばよかった」と後悔する気がしました。

振り返ると、気になっている施設や会ってみたい人がいるのであれば、実際に足を運んでみることはとても大切だと思います。

——最終的には消化器外科を選択されています。外科を選んだ理由を教えてください

研修医1年目の最後の方に、市中病院で外科をローテーションしました。そこは少人数の診療体制だったのですが、緊急手術からがんの治療まで、消化器外科に関して本当に幅広い手術をされていました。その中で、「自分の手で臓器を手術し、患者さんの病を治す」ということに非常に魅力を感じました。命に直接関わり、患者さんを救う仕事として、自分には外科が合っているのではないかと思うようになりました。

特に学生時代からスポーツをやってきた自分としては、練習で技術を磨きながら戦略を練るという点が、スポーツにおける成長の感覚と非常に近く、自分の強みを生かせるのではないかと考えました。手術では絶対にミスが許されないというところがスポーツとは違いますが、安全を担保しつつ技術の上達に身を注ぎたいと考えるようになりました。

そのような気持ちの変化の中で、外科を専門として進んでいこうと決心しました。

——なぜ外科の中から消化器外科を選んだのでしょうか?

外科の中でも呼吸器外科、小児外科、乳腺外科などさまざまな分野がありますが、一般診療、特に市中病院で多く経験する症例として消化器外科が多かったこと、中でも大腸がんの手術に関わる経験が多く、大腸がんが今後も増えていく疾患であることも踏まえて、消化器外科、特に大腸外科を志すようになりました。

消化器外科は扱う臓器が多く、全身状態とも深く関わる診療科です。そのため、幅広い知識や技術を身につけることができ、自分自身の力を伸ばせる診療科だと感じました。将来的に年齢を重ねて手術の第一線から離れたとしても、化学療法、緩和治療、内視鏡検査、全身管理など、さまざまな形で患者さんに関わる選択肢がある点も魅力でした。

大腸外科を選んだ理由としては、大腸癌の患者数が増えており、今後も手術の需要が高い分野だと考えたことが大きいです。また、大腸外科の手術は、標準的な手術であればおおむね3時間程度で終わることも多く、その時間感覚も自分に合っていると感じたことも理由の一つです。

——野田先生が診療科を選んだときの判断軸を教えてください

診療科を選ぶ上では、いろいろな軸があり、そこが難しいところだと思います。例えば、忙しさ、QOL、給与、職場の雰囲気、学問的な興味などです。また、その科が扱う疾患の特性によって決まってくる部分も多いと思います。もちろん、外科自体に魅力を感じて、積極的に選んだ面もあります。一方で、他の選択肢を一つずつ除外しながら、最終的に一番自分にフィットする診療科として外科を選んだ、という感覚もあります。

現在は卒後11年目で、外科医になって9年目になりますが、外科を選んだことを後悔したことはありません。

もちろん、忙しい時もありますし、夜中に呼び出されることもあります。大変だと感じる場面もありますが、手術の後の達成感や、患者さんが元気に退院される姿を見るとやりがいを感じるので、楽しく仕事を続けられています。

逆に、いくらQOLが良かったとしても、学問的にあまり興味が持てなかったり、診療科の雰囲気に馴染めなかったりすると、自分自身はあまりやりがいを感じられなかったと思います。なので、多少きつくても、自分が楽しいと思える道を選んだ方がいいと考えました。

また、日本で勤務医として臨床を続けていくうえでは、どの診療科を選んだとしても、正直、給与自体にそこまで大きな差はないのではないかと思っていました。だからこそ、できるだけ楽しく、長く続けられる診療科を選ぼうと思いました。

診療科を選ぶ軸として、もう一つ大事なのが「その科で大変な時でも耐えられるか」だと思います。どの科を選んでも、精神的、身体的にきつい時は必ず来ます。それでも、その科を選んでよかったと思えるかどうかは非常に大切だと思います。そういう意味では、学生や研修医のうちに、ある程度早めに大変な部分も経験しておくことは大切かもしれません。

消化器外科で技術認定医を目指して

——消化器外科を選択後、野田先生は何を目標にしていましたか?

卒後3年目は大学病院で各臓器別のローテーションを行い、4年目からは複数の関連病院で研鑽を積みました。当時、少し上の先輩方が内視鏡外科技術認定医の取得を目指しており、私自身も自然とそれを一つの目標として意識するようになりました。

——内視鏡外科技術認定医というのはどういう要件が必要なのでしょうか?

内視鏡外科技術認定制度は、さまざまな診療領域を対象としています。消化器外科領域で受験するためには、日本消化器外科学会の専門医資格に加え、一定数以上の高難度内視鏡手術の経験等が必要です。

試験では、自身が執刀した手術動画を提出し、審査員の先生方による審査を受けます。合格率はおおむね30%程度です。数年間にわたり、その領域の手術を専門的に経験した医師が受験することが多く、非常に難易度の高い試験だと感じています。

——内視鏡外科技術認定医を取得するまでの過程を教えてください

手術の経験を重ねる中で、なかなか成長を実感できない時期もありました。イメージとしては、降り積もった雪の上を歩いているように、一歩一歩進んでいるつもりでも、ステップアップできていないような感覚でした。

そのような中で、手術中にうまくいかなかった点や課題を一つひとつ振り返り、次の手術に生かすことを心がけました。小さな改善を積み重ねることで、自分の苦手な場面が少しずつ減り、手術に対する理解や技術も徐々に深まっていったように思います。

また、手術経験の豊富な上司の先生に自分の手術動画を見ていただき、直接アドバイスをいただくようにもしました。その中で特に印象に残っているのが、「一例一例を大切に」という言葉です。この言葉を常に意識し、一人ひとりの患者さんに真摯に向き合いながら、より安全で質の高い手術につなげられるよう努めてきました。

施設や上司の先生方に恵まれたこともあり、その後、内視鏡外科技術認定医を取得することができました。

——質に集中することで上達したということでしょうか

手術はもちろん量(執刀数)も大切ですが、「量より質」が大切と教わり、一例一例を大切にしてきました。

おそらくスポーツでも似ていると思いますが、たくさん数をこなすだけではあるところで頭打ちになってしまうと思うので、変化を恐れずに課題に対して日々取り組むことが大事だと考えています。

人とのつながりの縁でカナダ留学へ

——医師同士の交流にも重点を置いていらっしゃるとのことですが、きっかけを教えてください

若手の頃から、地方会や全国学会でできるだけ発表するよう心がけてきました。一方で、学会に参加しても、普段からお付き合いのある地域の先生方とお話しすることが中心で、新しいつながりをつくることには十分踏み出せていなかったように思います。

そこで、2年ほど前から、学術集会への参加だけでなく、学会の活動にも少しずつ関わるようになりました。その中で、普段はなかなかお会いできない全国の同世代の先生方と交流する機会が増え、非常に有意義だと感じています。

——医師同士との交流により野田先生のキャリアにどのような変化がありましたか?

そこで出会った先生に海外留学について相談したことをきっかけに、その先生がご自身の留学先で私の受け入れ先を探してくださり、なんと来年度から留学する機会をいただくことになりました。人とのご縁に恵まれた結果であり、本当にありがたく感じています。

私自身でも留学先を探していましたが、なかなか受け入れ先を見つけることができませんでした。所属する医局では、呼吸器外科には海外留学のつながりがある一方、消化器外科ではそのような機会が少なく、長期の海外留学をした医師も20年以上いない状況でした。

そんな時、その知り合いの先生が留学先で「日本から留学したいと言っている人がいる」と現地のPrincipal Investigator(PI)の先生に相談してくださり、内諾までとってくれました。

こうした経験を通して、学会は研究成果を発表する場であるだけでなく、人とのつながりを広げ、自分の視野を広げる場でもあると実感しています。現在は、若手医師同士が気軽に交流できるよう、懇親会やリクルートの企画にも関わっています。私自身が周囲の先生方に支えていただいたように、少しでも新しい出会いや交流のきっかけをつくれればと考えています。

——いまされている活動で、交流対象を若手に絞っている理由を教えてください

若手外科医が交流する場が少ないと考えているからです。10年目を超えると、勉強会のマネージメントや留学、紹介等で他施設の方とのつながりも増えてくる印象です。

しかし、若手のうちは、所属施設によっては他施設の医師と知り合う機会が限られていると感じています。

それに、シンプルに知り合いが増えた方が、学会に行く楽しみにもつながると思いました。

もちろんローカルだけでいいと言う人もいると思いますが、自分の人脈を広げたい方にそのような場を提供できればな、とは思っています。

最後に

今回は、初期研修で整形外科への進路も検討した末に消化器外科を選び、現在はカナダ留学を予定している野田先生にお話を伺いました。

本コラムでは、呼吸内科医のDr.心拍がさまざまな医師のキャリアの変遷を深掘りするシリーズを連載しています。キャリアや働き方で悩んでいる方のお役に立てる記事を更新していますので、ぜひ参考にしてください!

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この記事を書いた人

呼吸器内科の勤務医とライター、ヘルスケアビジネスに取り組んでいる。多様化する医師のキャリア形成とそれを実現するための「複業」に関する発信と活動を行っている。
ヘルスケアに関わる情報発信と人をつなぐことを目的としたメディア「Dr.心拍のヘルスケア最前線」を2024年9月リリース。
肺がんコミュニティや医師キャリアコミュニティを運営。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザー、また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行う。
事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

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