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多くの医師は医師としてどのようなキャリアを描くのかで悩みます。しかし、最近では医師以外の道を選ぶ方も増えているようです。今回は独学でプログラミングを学び、AIモデルを生成していたところその実力を買われて、AIテック企業に就職し、現在は自らが医療AIテック企業のCEOとして活躍する、たいよう先生にお話を伺いました。
自己紹介
たいよう
和歌山県出身、中高は愛知県に全寮制の男子校に通い大分大学に進学。
2023年、画像生成AIモデル公開
2024年 AIベンチャーCTO就任
2025年 医師国試AI解答システム開発
AIに魅せられ独学でモデルを自作ーそしてベンチャー企業へ
——たいよう先生とAIとの歩みを教えてください
2022年8月にStable Diffusionという画像生成モデルが登場し、「これは世界が変わる」という確信を持ちました。生成AIという言葉もまだよちよちだった時代に、ついに生成AIの時代が到来したのだと。
もともとカメラをやっていたこともあって「これで写真を撮る必要がなくなるぞ」と興奮を覚え、それまで全くプログラミングをしたことがなかったのに、技術記事を読んだり海外の掲示板に出入りしたりしながら、独学でAIモデルを作成していました。
ちょうど時を同じくして11月にChatGPTが登場し、同じ衝撃を味わって、これからは間違いなく生成AIの時代だと再び感じました。プログラミングは独学だったので、とにかく今から考えるとおもちゃのようなレベルだったChatGPTに聞きながら自分でモデルを開発していきました。
当時、画像生成AIはかなりアングラな文化で、表立って発表する場所がなかったので、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)に成果を投稿していました。するとまたたく間に有名人になり「リアルモデルニキ」(リアルな写真を生成できる人)と呼ばれるようになりました。当時の画像生成スレッドでは、自分が降臨するだけで神のごとく崇められたのを記憶しています(笑)。
——どのようにベンチャー企業への就職に繋がったのですか?
生成した画像をTwitter(X)でも発表したところ、これまたかなりの反響があり、数社から実際にオファーや業務提携、起業支援などの声をいただきました。
その中の一社のベンチャーがめちゃくちゃ自分を買ってくれて、「長嶋さんは医師をやるのではなく、今すぐAIエンジニアとしてその稀有な才能を活かすべきだ」と言ってくれました。
実は後で知ったのですが、声をかけてくれたそのベンチャーの社長こそ、僕が学生の頃にAIに関する記事を読んでいたく感動した『OpenAIが発見したScaling Lawの秘密』というブログの著者だったのです。
かくして、研修を2年目の5月で中断し、AIベンチャーに飛び込むことになりました。既にそのベンチャーはユーザー数100万を誇るサービスを展開していて、次の機能や新サービスを実装する段階にあり、自分はエンジニア経験がないにも関わらず、画像生成エンジニアとしてキャリアを再出発することになります。
非エンジニアでAIベンチャーに入社、バックエンドスキルも身につける
——就職したベンチャー企業では具体的にどのような業務にあたっていたのですか?
1年目はAIチャットボットを開発するベンチャーにいました。既にLINE版のユーザーは100万人を突破していて、アプリ版を開発中という段階でした。
自分が入った数カ月後には、名門VCから3億円の投資を受けています。
東京の会社なのですが、オフィスがなく、自分はそのまま別府でフルリモート。社長を含めメンバーとも実は一度も直接会ったことがなく、まるで秘密結社のような感じでした(笑)。
「エンジニアリングは得意ではないのでやらない」という話で入ったのですが、結局いろいろやるには必要だったので、入社後に先輩から基礎的なことを習いました。当時を振り返ると、本当に何も知らなかったんだなと自分でも驚きます。
デザイン系も少しかじっていたので、そのあたりでも貢献するようになりました。まだ画像生成機能をどう組み込むか自体も決まっていなかったので、技術開発と並行して、新規事業をどう立ち上げるかというところにもかなり力を入れていました。
迷惑をかけまいと死ぬほどエンジニアリングを勉強して、半年経った頃には「長嶋さん、Pythonも書けるならBackendもいけるでしょ?」という社長の提案で、Backendエンジニアになりました。これまた必死に食らいついて、最終的には自分の提案で既存サービスをまるまるリプレイスすることが決まったのは、本当に嬉しかったです。
ただ、ChatGPTが登場してそもそもAIチャットボットというサービス自体が混乱期に入ったことや、諸々の方針転換もあり、自分が担当していたアプリも縮小という判断になりました。そうしたことが重なって、1年で退社を決めました。
それでも、実際にアプリをローンチしたり、バックエンドエンジニアとして経験を積めたこと、そして何より社長とAIの未来やスタートアップ的な発想の大きさについて語り合い、学べたことは、自分の人生の中での財産でした。
一方で正直に言うと、当時の自分は「良いものさえ作ればユーザーは勝手についてくる」というエンジニア特有の幻想を抱いていました。toCビジネスだったのですが、toCビジネスはいつでも顧客の増加を皮算用してしまいます。実際には適切なマーケティングや宣伝をしなければ、そしてアプリ自体が良くなければ、想像していた100倍くらい人が少ないなんてこともあり得ます。プロダクトの美しさを優先して、ビジネスとしての骨格を後回しにしてしまった。これは今でも反省として残っています。
また、後発の方から聞かれることがあるのですが、一般論ですが自分が大体エンジニアとしてオファーされる時は1200-2000万円のレンジで、夢を追いかけるには十分な待遇でした。
多忙を極めるCTOと東大病院のAI研究員、研究業務の兼務
——1社目を退職した後のキャリアを教えてください
和歌山出身、大分でのんびり過ごしていた田舎者が、ついに上京することになりました。
東京では、普段はLivetoonのCTO、そして毎週水曜日は東大病院でAIの研究員、加えてメディックメディア、さらに国際医療福祉大学循環器内科の田村先生(教授)とも一緒に研究させていただき、めちゃくちゃ忙しくなりました。
その頃の記憶は忙しすぎてあまり残っていないのですが、特にCTOの方は事業自体の方向性もまだ決めていなかった状態で、自分がAIと事業の陣頭指揮をとることになり、面白いやら難しいやらでかなり苦戦した思い出があります。
もともとの会社の方針は「ライブコマースをAI化する」という流れだったのですが、技術的難易度や、市場がまだ日本に来なさそうということから、ピボット(事業転換)してAIVtuberを主軸に据えることになりました。
ただ、このAIVtuberも当時はAIで全自動できるレベルではまったくなく、自分はシナリオ部分とAI部分を分けることでこの問題を回避しました。
アイデア自体はかなり面白くてウケも良かったのですが、実際にはシナリオ部分にコストがかなりかかり、採算が取れず、このAIVtuber自体も諦めることになりました。
そして次は、「AIは今後パーソナルな相談相手になるだろう」という見立てから、KaiwaというAIキャラクターと話せるアプリを作るようになります。
ただ、アプリ開発自体の難易度がかなり高く、もともと3月締め切りだったのが予想外のアクシデントの連続で間に合わず、4月に入ってからは3週間ほぼ会社に寝泊まりし、徹夜か仮眠の連続で、本当に死ぬかと思いました。
4月頃にようやくアプリ自体は落ち着いたのですが、今度は「キャラクターと話す」という体験のところで、音声合成のクオリティが低く、しかも遅い、という問題が浮上してきました。
——音声合成のクオリティの低さをどのように解消したのですか?
これに真正面から取り組もうと、社内の4人でチームを組み、2025年4月から心機一転、音声合成AIの新規開発に乗り出すことになりました。
実は、Livetoonに入った直後くらいの時期から、Twitterで知り合った九州大学医学部の大塚さんと一緒に趣味でアプリなどを作って遊んでいたのですが、その大塚さんが医学部卒業後、医師になるか進路に迷っているという相談を受けて、「迷ってるなら東京来ればいいじゃない?」と誘って、Livetoonと東大病院の両方に参加してもらうことになりました。
かくして2025年4月、大塚さんも含めた新規AIチームで、音声合成AIに取り組むことになります。
そこでチームを再編して、「最高の音声合成AIを作るぞ!」と音頭をとり、6月には実際に最高のものが出来上がりました。
そしてこの成果が評価されて、富士通 × NVIDIA のヘルスケアAIエージェント実証実験に、我々の音声AI(ASR/TTS)が他社を差し置いて採択されることになりました。
短文で約120ms、長文でも760msという、ほぼ会話のテンポを崩さない速さと、医療用語への対応力が評価ポイントだったそうです。
そんなこんなで、自分としては、最高峰の音声合成AIを作り切れて、システム基盤もそれなりに構築できて、資金調達のロールも担って11月にはクロージングまで持っていけて、ランウェイも確保できました。
自らの能力を最大限いかせるAI×医療の道へ
——現在はGENSHI AIのCEOとのことですが、そこに至るまでの経緯を教えてください
医療のニーズの強さと、自分たちが医療領域で強いということを改めて再確認できたというところまで来て、「やっぱり医療AIで人を助けたいな」と強く思うようになりました。
toCで、しかもエンタメ領域を2社連続でやってきて、その難しさは肌で感じていましたし、自分自身がそのドメインに土地勘がない、というのも正直、少し弱いところだなと感じていました。
医療はもともとニーズのあるところだから、いつか自分より強い人が現れるだろうと思って、自分はAIの技術をフルに活用できるエンタメ業界にいたというのが本音だったんですが……。
ところが、思ったほど「生成AI × 医療」で本当に志が高く、技術力も政治力もガッツも全部持っている人が出てこなかった。と感じるようになりました。これは予想外でもあり、正直、困ったことでもありました。
なので、ちょっと自信過剰や自惚れかもしれないんですけど、「これはもう、自分がやるしかないな」と思うようになったんです。
どうせ自分の上位互換が現れるだろうと思っていたのに、Claude Codeみたいなものが出てきて、AIに興味を持つ人は爆発的に増えても、本当に社会実装までしっかりやり切るという気概のある人は、思っていたよりも出てこなかったんです。
なんとなく、AIで作ったおままごとレベルのツールで満足してしまっている人が、想像していたよりずっと多かったように思います。
だからこそ、自分でやろう、と。エンタメやAIのディープテック的な、最前線で戦ってきた力を、全集中して医療に投下しようと決意しました。
そんなこんなで、九大医学部から誘った大塚さんと二人で1月にGENSHI AIを創業するに至りました。
まだまだ若造なのでだいぶ自惚れたことを言っているのかもしれませんが、やはり自分が動かしていかないとどうにもならないという使命感はあると思います。
医療×生成AIはある意味でニーズが間違いなくある点で他の分野と違って強いのですが、いかんせん、まだ中心的なプレイヤーがいないなと感じています。
最後に
今回はディープなAIスキルを身につけ、AIベンチャーに就職、その後医療AIテックを設立した、たいよう先生にお話を伺いました。
いったんAIテック企業での就職を経て、再び医療の道に戻り、いまは医療AIテックの最前線を走り続けるたいよう先生のご活躍は目をみはるものがあります。
本コラムでは、呼吸内科医のDr.心拍がさまざまな医師のキャリアの変遷を深掘りするシリーズを連載しています。キャリアや働き方で悩んでいる方のお役に立てる記事を更新していますので、ぜひ参考にしてください!
