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Long COVID発症をAIで特定――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(72) | m3.com AI Lab
呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。
今回は、この数年世界を悩ませる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症である「Long COVID」に関するAI研究についてご紹介します。
The Lancet Digital Healthに掲載された研究では、COVID-19患者の成人約10万人および約600人のLong COVID患者の電子カルテデータから、Long COVID患者を識別する機械学習モデルのトレーニングを行っています。構築されたモデルは全患者でAUROC 0.92、入院患者でAUROC 0.90、非入院患者でAUROC 0.85、という高い精度でLong COVID患者を見分けることができたと報告されています[1]。
この研究では、Long COVID発症に重要な因子として、COVID-19発症直後の呼吸器症状、睡眠障害、胸痛、倦怠感に加え、糖尿病、慢性腎臓病、慢性肺疾患といった既往が挙げられています。さらに、ワクチン接種がLong COVID発症を防ぐ効果も示唆されました。
新型コロナ診療の実態とLong COVIDを実際に診療してみて感じたこと
私自身もこの2年半程度、軽症から重症、さらにはECMO管理を行うような最重症患者までの診療を経験しています。実際の現場は報道される以上に凄まじいものがありました。特に、第5波(2021年8月頃)での若年者の重症例では、これまでの医師人生では経験し得ないほど、救いたいけれど救えなかった命というものを目の当たりにしてきました。
第6波以降はワクチンの普及もあってか、感染者は一定数いるものの重症例は激減しています。しかしながら当然重症化リスクがある方あるいはワクチン未接種者の重症例は散見されます。
私自身はコロナ診療を行いながら、コロナ後遺症である「Long COVID」の診療および研究にも携わってきました。一般の方だけでなく、医療機関では院内感染などで多くの感染者および後遺症患者に接してきました。必ずしも重症例だけに後遺症がみられるわけではありません。退院後1カ月、3カ月、中には半年経っても仕事に復帰できない方もいます。「やる気がない」などと職場復帰後に言われ、後遺症の苦しみをわかってもらえないという声も多く聞いています。
もちろん重症例にみられるような肺障害など、検査によって明らかな異常がみられるような後遺症も経験しますが、検査をしても異常がみられないけれど様々な症状が残存するということがあります。
厚生労働科学特別研究事業として行われた研究では、診断後6カ⽉経過しても疲労感や倦怠感が約2割、息苦しさや睡眠障害、思考力・集中力の低下、脱毛などが1割以上に残存していたと報告されています[2]。
出典:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000798853.pdf
Long COVIDの治療は?
いわゆるLong COVIDに対する治療はまだまだ確立されていない部分が多く、大半は対症療法にとどまることが多いのが現状です。それでも厚労省から「罹患後症状のマネジメント」が公開されています[3]。
Long COVIDの専門診療を行っている施設は限られているため、一般診療に支障をきたすくらい後遺症による受診者が増えてしまったときもありました。それほど後遺症患者の行き先がなかったという状況だったのです。現在は情報が徐々に増えてきたため、不安もやや軽減したということもあって受診者はかなり減っています。
実際に医療現場では、訴える症状が発症時の症状なのか、それが後遺症として残存しているのか、感染時にはなかった症状が退院後に出現したのか、などの情報が限定されており、医療者側も混乱していたことは否めません。
例えば、脱毛は発症時にはそれほどみられず、退院後にみられることが多いため後遺症外来で訴える方が多い印象でした。その後、国立国際医療研究センターからの報告で、COVID-19患者の24%が回復期に脱毛を訴え、具体的には、発症2カ月後くらいから始まり、およそ100日後まで続くことが多いという報告がなされました[4]。
さて、話は戻りますが、今回ご紹介した論文はAIモデルによって大規模データベースからLong COVID患者を拾い上げることで、潜在的なLong COVID患者に対する追加調査や臨床試験への組み込みが可能となるため、病態のさらなる解明につながることが期待されます。
感染時に「後遺症が残りますか?」と聞かれることもたびたびありましたので、単に一般論としてこのくらいの割合で後遺症が残りますというデータ以外にも、このようなAI研究により後遺症の予測ができると実臨床では有用だと考えられます。
【参考】
[1]Identifying who has long COVID in the USA: a machine learning approach using N3C data
[2]厚生労働科学特別研究事業
[3]新型コロナウイルス感染症 診療の手引き 罹患後症状のマネジメント
[4]Prolonged and Late-Onset Symptoms of Coronavirus Disease 2019 | Open Forum Infectious Diseases | Oxford Academic (oup.com)
【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。