感染症サーベイランスでAIはどう役に立つのか

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感染症サーベイランスでAIはどう役に立つのか――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(126) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

今回は、The New England Journal of Medicine (NEJM)に掲載された感染症サーベイランスにおけるAIの進歩についてのレビューをご紹介します[1]。

AIと聞くと最近はChatGPTの話題が盛んですが、少しずつ医療へのAIの実装が進みつつあります。特にAIを用いた画像診断補助に対して加算が付くことが決まった際は大きな話題を呼びました。さて、感染症サーベイランスでは実際にどのようにAIが活用されるのでしょうか。

目次

疾病サーベイランスでのAI活用

▷初期アラート
「HealthMap」という過去10年以上にわたって使われてきた感染症サーベイランスがあります。AIを使った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の初期アラートシステムとしても活躍し、中国でCOVID-19の最初の症例が確認された数日後の2019年12月30日に原因不明の肺炎クラスターを警告しています。

この3年間、COVID-19の診療にあたってきましたが、小さい規模の話だと、院内クラスターを何度も経験し、その度に病棟マップを見ながら患者感染経路を考えたりしました。しかしながら、日々の感染者の把握と動きをアナログで行っていたので、たとえば病院内の規模でクラスター解析ができるようなシステムがあると便利だなと思います。

▷ 病原体の分類
アウトブレイクが特定されたあとに、様々な病原体を区別したり、特徴を特定したりするためにAIを活用しています。症状だけに頼ってしまうと、実際は他のエンテロウイルスやライノウイルスが原因にもかかわらず、「COVID-19によるもの」と間違えてしまいます。遺伝子検査などの病理学的特徴を症状と関連づけることにより、アウトブレイクに適切に対応できるようになります。

正直、実際の臨床では「コロナっぽさ」というような特異的な症状はないので、流行状況に応じて今後は検査を行っていくことになるのかなと感じています。実際にインフルエンザが流行している現在は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)よりインフルエンザの検査を行っていますし、陰性だったとしてもSARS-CoV-2の検査まで行わないことも増えてきています。

▷ 抗菌薬耐性の判定にAIを適用
抗菌薬の感受性/耐性の有無を判断する方法として、細菌培地に抗菌薬のディスクを置き、その周囲の阻止円の直径を測定し判断するというものがあります。培地の阻止円をスマートフォン(スマホ)で撮影することでAIが結果を返すアプリも開発されており、国境なき医師団が活用しているといいます。

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出典:https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMra2119215?url_ver=Z39.88-2003

大学院時代に抗菌薬の耐性の有無を研究室で調べているのを横目にしていましたが、確かにわざわざ菌株を遠方から郵送して耐性を調べるといった物理的なハードルがこのAIアプリにより下がる可能性があり、また大規模なサーベイランスにも有用だと感じました。

▷感染経路の追跡におけるAIの活用
電子カルテ情報と遺伝子データをもとにAIを用いて感染経路を特定しています。事例としては、技師の処置からMRSAの院内感染が引き起こされた例や、汚染された胃カメラが原因で緑膿菌のアウトブレイクが起きた例などが挙げられます。

処置や手術などに関連した感染症アウトブレイクの調査においてもこのようなシステムは役立ちそうです。特に外科系医師は日中、手術に掛かりきりとなるため、内科的に感染経路を特定することに時間をなかなか割けず、発見が遅れて拡がってしまいがちです。AIの活用で早期に発見できるといいなと感じました。

▷リスクアセスメントにおけるAI活用
中国ではスマホのQRコードを用いて感染リスクをリアルタイムで評価し、ギリシャでは旅行者の入国に際してCOVID-19をスクリーニングするAIアルゴリズムである「Eva」を導入しPCRを行うかどうかを決めました。

ギリシャでは、全疑い患者にPCR検査を行って全数把握するのではなく、AIを活用しながら必要な患者を絞ってPCRを行いました。これは医療経済的にも優れた方法だと思います。

▷ウェアラブルデバイスの活用
スマートウォッチやスマートリングなどのウェアラブルデバイスから発症前の安静時心拍数が高いなどの情報により感染症を拾い上げることができます。またアウトブレイクの中心地を特定できます。また画像認識アルゴリズムでマスク着用率、人の動き、社会的距離を定量化することができます。

ウェアラブルデバイスは自分も含め最近多くの方が使用されています。個人情報の扱いなどには注意が必要ではありますが、その汎用性の高さをうまく利用することで今後ますます医療にも役立っていくと思います。今回は個人のデータの集約によりアウトブレイクを早期に察知できるというところが興味深いですね。

AIによる感染症サーベイランスが現在抱える課題と将来の方向性

AIによる感染症サーベイランスがすぐれていたとしても、使用しているデータが偏っている場合はその予測は信頼できません。そのためには正しく偏りのないデータを用いる必要があります。

AIの間違いを誰がチェックするのかという課題は、画像診断支援AIが出てきた時にも話題になりました。やはりどんなシステムにも課題はあるもので、常に検証を積み重ねながら正確なAIシステムを作成する必要があると感じます。

GPT-4などの大規模言語モデルの進歩は、構造化されていない膨大な量のテキストを処理・分析できるため、労力のかかるプロセスの合理化や隠れた傾向を発見する能力が向上する可能性があり、感染症サーベイランスの未来に大きな期待が寄せられています。

GPT-4の活用法はまだまだ未知数であり、今後多くの分野で応用されていくと感じています。自分自身はまだあまり使いこなせていませんが、より多くの方が簡単に使えるように進歩していくと思います。医療においてもそうだと願っています。

今回は感染症サーベイランスにおけるAIについてのレビューを紹介しました。コロナ禍はまだ終わったとは言えないものの、少しずつ日常に戻りつつある現在、また新たな新興感染症のアウトブレイクを今後も経験していくことになるかもしれません。その時には今回の経験をうまくAIに取り込んで生かすことで少しでも対応しやすくなることを願っています。

【参考】
[1]Advances in Artificial Intelligence for Infectious-Disease Surveillance

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

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この記事を書いた人

呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。

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