Apple WatchはCOVID-19治療への光明となるか

画像診断支援AI AI デジタルヘルス、ヘルステック 画像診断AI COVID-19

m3.comで掲載された執筆記事を公開します。医師の方は下記URLからお読みください。
Apple WatchはCOVID-19治療への光明となるか――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(8) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

Apple社の健康調査アプリ「Apple Research」を活用して、iPhoneやApple Watchで収集したヘルスケアデータを臨床に活かす研究が進んでいます。

「Apple Research」は2019年11月にアメリカで配信を開始したアプリです。このアプリを介してiPhoneやApple Watchのユーザーが自らの心拍数や運動量・活動量、1日をとおして曝露した騒音レベルのデータを医療機関に提供し、医学機関がそれらのデータをもとに大規模な研究を実施できるようになっています。現在、Apple Researchで参加できる研究は下記の4つです [1] 。

⑴ 女性の健康研究(Apple Women’s Health Study)
⑵ 心臓と運動の研究(Apple Heart and Movement Study)
⑶ 聴覚の研究(Apple Hearing Study)
⑷ 呼吸器の研究(Apple Respiratory Study) ※シアトル地域限定

目次

女性の月経症状に関する豊富なデータが「女性の生きやすさ」につながる

「女性の健康研究」についてはApple社がハーバード公衆衛生大学院(HSPH)とアメリカ国立環境衛生科学研究所(NIEHS)と提携して行いました。この研究では、アメリカ在住のiPhoneやApple Watchユーザー約1万人から提供された女性の月経症状に関するデータが公開されました[6]。

1万人というデータの数は、画期的です。というのも、月経周期は、女性の健康状態を知る重要な要素ですが、これまで小規模研究しかなされてこなかったからです。科学的データが不足しているために、女性の月経症状はこれまで軽視されてきました。

今回の研究は、Apple Researchと、iPhone / Apple Watchとを組み合わせて行われました。腹痛、腹部膨満感、倦怠感、ニキビや頭痛のほか、これまであまり知られていなかった下痢や睡眠の変化など、月経周期における女性の幅広い経験に関するデータを収集することに成功しています。

こうしたデータは月経を正しく理解することにつながり、女性の孤立や偏見、差別の解消へとつながることが期待できます。

ウェアラブル端末を新型コロナウイルスの早期診断や後遺症の解明に役立てる

Apple Researchによる呼吸器の研究としては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にまつわるものが挙げられます [2]。この研究では、Apple Watchを身につけた300人近くの医療従事者を追跡した結果、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染している人は心拍変動(心拍間隔の周期的な変動)が陰性の人よりも低い、すなわち心拍の時間当たりの変動が少なくなるという研究結果が報告されています。

さらに、感染症の専門家であるJennifer Radin氏は、「Apple WatchやFitbitなどを着用した3万7000人のデータからCOVID-19の症状をより正確に検出できる」とJAMA Network Openに報告しています[2]。

Jennifer Radin氏の最新の報告では、いわゆる「Long COVID」と呼ばれる、感染回復後にも症状が長期間持続する後遺症状にも注目し、研究を続けています[3]。

この研究では、SARS-CoV-2に感染した被験者は、最初に症状を訴えてから約9日後に安静時の心拍数が低下し、その後心拍数は数か月間も上昇し続け、正常に回復するまで平均79日もかかることがわかりました。それに対してSARS-CoV-2ではない他のウイルス感染のグループではわずか4日でした。

さらに他の病気を持つ人に比べて、SARS-CoV-2に感染した人は睡眠や身体活動レベルも基準値に戻るのが遅かったという記載もあります。

COVID-19はたとえ軽症で済んだとしても、複数の臓器を侵し、呼吸器系、循環器系、神経系、消化器系、筋骨格系などの多くのシステムに影響を与えます。さらに、疲労、呼吸困難、心臓の異常、認知機能障害、睡眠障害、心的外傷後ストレス障害の症状、筋肉痛、集中力の低下、頭痛などの後遺症が長引くとの報告もあります[4]。

日頃から多くのCOVID-19患者の診療を行う医師としては、このようなウェアラブルデバイスを活かした研究を行うことで、早期の診断と後遺症の解明につながることを願っています。

このほかにも呼吸器の研究がワシントン大学で行われています[8]。また、聴覚の研究はミシガン大学で行われており、この研究では参加者の25%が日々騒音にさらされていると判明したという結果が報告されています[9]。

日本でも進むウェアラブル端末を活用した研究

日本でもApple Watchを臨床研究に活用しようという動きがあります。慶應義塾大学病院は2021年2月1日からApple Watchを利用した臨床研究 「Apple Watch Heart Study」を開始しました[7]。こちらは対象者の異なる2つの研究で構成されています。

1つめの研究は、慶應義塾大学病院に通院する心房細動の患者さんに、心電図検査(2週間 Holter 心電図、携帯型心電図)とApple Watch 、そして心電図アプリケーションから得られる脈拍データと心電図との比較を行うというものです。さらに、ヘルスケアデータと睡眠、飲酒、ストレスとの関係を人工知能で解析し、どのようなときに不整脈になりやすいかを推定するアルゴリズムを構築します。

2つめの研究では、全国のApple Watchユーザーを対象とし、睡眠中と日中安静時にApple Watchを装着してもらいながら、動悸などの症状の記録を7日間行います。Apple Watch で収集するデータは、日本におけるヘルスケアビッグデータの構築と解析を行うために活用されます。そして、慶應義塾大学病院で開発するアルゴリズムを一般国民のデータに対して適用し、生活スタイルや申告された症状のデータに焦点を当てた解析を行うことで、適切な精度となるよう評価・改修を行う予定です。

慶應義塾大学はさまざまな企業との共同研究を多数行っています。Apple Watchのようなウェアラブルデバイスを用いた不整脈などの研究は、これまで病院での診察時や検査時にしかとらえられなかった新たな異常やデータの発見につながる可能性もあるため、個人的にも研究結果に注目しています。

このようにウェアラブルデバイスを用いた研究は日々進歩しています。臨床医として、このようなデバイスを用いて新たな研究を行ってみたいと思っています。

【参考】
[1] iPhone / Apple Watchのデータを医療の臨床に活用へ、国内外の取り組みを紹
[2] Apple Watchが無症状のうちに新型コロナ感染が検出できるかもしれないとの研究報告
[3] Apple Watch and other wearables can detect long-term effects of COVID-19, early research suggests – 9to5Mac
[4] Assessment of Prolonged Physiological and Behavioral Changes Associated With COVID-19 Infection | Infectious Diseases | JAMA Network Open | JAMA Network
[5] Long covid—mechanisms, risk factors, and management | The BMJ
[6] Apple Women’s Health Study releases preliminary data to help destigmatize menstrual symptoms – Apple
[7] Apple Watchを利用した臨床研究を開始
[8] Apple Respiratory Study – Full Text View
[9] Apple Hearing Study shares new insights on hearing health

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会 の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。

目次